マニラKTV悲話 その⑱ 再渡比・・・ [小説]
『はあっ?』
話を聞いた小牧は、もう呆れてしまっている。
(この男は、海外赴任を良いことに、女のほうを優先しようとしている・・・)
いや、その通りであろう。
優二の頭の中には、最早、仕事という文字はなかった。
この千載一遇の機会を、利用するだけ利用してやろうと、考えていただけである。
そういう意味では、彼は完全に、死者に舞い戻って仕舞っていた。
理性を完璧に失っている彼を、小牧は冷静な頭で判断している。
(この男には、もう出世の見込みはないな・・・)
小牧にしてみれば、ライバルの脱落ほど嬉しいものはない。
彼は、そう思うことによって、自分の不満も慰めることが出来たのである。
『おお、任せておけ、とびっきりのいい所を探して置いてやる。』
彼が、二つ返事で請け負ったのは、言うまでも無かろう。
『小牧、有難う、有難う・・・』
と、礼を繰り返す優二を見ながら、心の中で笑っている小牧であった。
さて、12月1日は月曜日である。
優二達赴任組は、その前々日の土曜日が、マニラへの移動日となった。
部長の岩崎だけは、国内の引き継ぎが少し遅れるため、半月ほど赴任が遅れるらしい。
それまでの指揮は、営業部の副部長である吉本が、副支社長として取ることが決まっていた。
吉本は岩崎と違い、堅物で真面目一方の、仕事には厳しい人物である。
その吉本を先頭に、一行は成田空港を出発し、一路マニラに向けて飛び立った。
機中でも、優二の胸の内は、又もやジュリアで一杯になっている。
(真相を知るために、早く彼女に会いに行かなければ・・・)
最終日に会えなかっただけ、余計に酒精成分のようなものが強いのか、酔ったように、そう心の中で
繰り返す優二であった。
優二の会社は、何度も言うように食料品会社である。
自社で製造する製品もあれば、ワインや洋酒などの輸入販売も行っている。
まあ、多岐に渡って多くの食料品を扱っているのだが、フィリピンからは、主にバナナチップスとかのス
ナック類の仕入れもするらしい。
勿論、こちらでの自社製品販売にも力を入れていくつもりだ。
主力商品であるインスタント食品を始めとして、この所経済成長著しいこの国の市場に魅力を感じて
いるらしく、市場調査の上、日本から次々と出店しているコンビニなどと提携し、販売網を広げる戦略
だそうだ。
業務内容などは、経理の優二には一見関係なさそう思えるが、この先の彼の運命を決める上で重要
な事柄になるので、一応触れておく。。。
支社長は岩崎、副支社長は吉本、それに総務、経理、営業から、それぞれ一人づつ選出されていた。
つまり、日本人は全部で5人ということになる。
多いのか、少ないのかは分からない。
が、この下に、現地人のスタッフがそれぞれ付き、総勢20人余りの会社の体制になるらしい。
マニラ国際空港から、小牧がチャーターしたバンに乗り、一行は会社の有る所在地へと向かった。
支社は、マカティのARNAIZアベニュー(旧パサイロード)という場所にある。
空港からは、車で約30分位の距離だ。
が、多少混雑していたので、50分程掛かってしまった。
あるビルの一室が、彼らの職場となる。
一行は、事務所を見学した後に、早速に住居の確認となった。
小牧の説明によると、副支社長の吉本以下3人は、会社から歩いて5分程のコンドであるらしい。
日本食レストランや、グロセリーが近い、便利な場所だということだ。
『さあ小牧、それで俺の住処は何処なんだ?』
3人をそのコンドに見送った後、優二は小牧に向かってそう尋ねた。
『ああ、お前は岩崎部長と同じコンドだよ・・・』
続く・・・