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マニラKTV悲話 その⑨ カード保険 [小説]

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『海外旅行保険は、入って来たの?』
大橋にそう聞かれた優二だが、部長の岩崎の手配で来たため、今回はそれには入っていなかった。
しかも、携帯を買った時に保険に入りますかと店員に聞かれたが、国内での使用しか頭に無かったの
で、それにも入っていない。
落ち込んでいた優二だが、大橋は更にこう聞いた。

『じゃあ、クレジットカードは持っているよね?』
『はい、何枚か持ってます。』
経理の仕事ということで、色んな銀行関係とは、かなりの付き合いがある。
その関係で、優二は複数枚のクレジットカードを持っていた。
『じゃあ、その中に海外旅行保険がついたカードが有るんじゃないかな?』

(あ、そう言えば・・・)
そう言えば、そんなクレジットカードが有ったことを優二は思い出した。
『多分、有ると思います。どのカードがそれか分かりませんが、ある筈です。』
『よし、ならばそれでいいよ、ポリスステーションに行って、盗難レポートを書いて貰おう・・・」
大橋は、気軽にそう言うと、優二を近くのポリスステーションに連れて行ってくれた。

こういう仕事をしているせいか、ポリス関係には顔が聞くらしく、知り合いだと追うポリスに、レポートを
書いて貰った。
大橋の話によると、これを持って日本に帰り、カード会社に連絡さえすれば、提携している保険会社
を紹介され、必要書類を出すだけで、ほぼ30日以内に購入金額の90%位は保証して呉れるらしい。
取り敢えずは、これで一安心である。

『すみません、本当に助かりました・・・」
優二は、大橋に丁寧に礼を言った。
『いやあ、困ったときはお互い様だわ』
大橋は、何でも無かっようにそう言う。
二人は、ポリスステーションから『太虎』に戻った。

『ああ、そう言えば昨夜のカラオケはどうだったの?』
大橋が、思い出したように優二にそう聞いた。
『ああ、それがですねえ・・・』
優二は、昨夜のジュリアとの出会いを熱く語った。
が、大橋の反応は冷ややかだ。

(ふふふ、こいつは明らかに直ぐに嵌るタイプだな、よーし、少し言い聞かせておいてやろう・・・)
大橋は、君の為だよと前置きしながらこう言った。
曰く、やらせない女には水しか飲ますな。
曰く、膿亀が涙を流すことが無いように、マニラでは気を付けよう・・・
曰く、うちのカツ丼で、女が釣れますぜ。

等々、熱弁で語ったが、優二には何が何だかさっぱり分からない。
大橋は、優二が女に騙されないように、注意をしたいだけなのであろうが、全てが空振りに終わって
しまったようだ。
恋する者に、目を覚ませと言っても、所詮は無駄と言うものであろう。
優二のあまりの反応のなさに、大橋は諦めて話を止めた。

優二は、晩飯を太虎で食べることを大橋と約束し、店を出ることにした。
少し遅れてしまったが、モールに行ってみることにしたのだ。
モールの中は、冷房が効き過ぎるほどに効いていて心地良い。
優二にとって、フィリピン初モールである。
暫くは、ゆっくりと歩いて見ることにした。

『ああ、お客さん・・・」
そこに、ある一人の老人が、優二に日本語で声を掛けてきた。
『私、あなたのホテルのガードマンね。』
『ガードマン、ああパンパシフィックの?』
うっかりと、そう答えてしまった優二である。


続く・・・



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マニラKTV悲話 その⑧ 盗難・・・ [小説]

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『恋する者は、既に死者である・・・』
西洋の、哲学者の言葉である。
本当の恋に落ちた人間は、既に自分を見失っているから、死者と同じだと言うのだ。
そう言う意味では、優二は死者になり掛けていた。
後三日もあれば、完全な死者になるであろう。

とまれ、優二は、けたたましい電話の音で目が覚めた。
寝ぼけ眼で電話に出ると、それは部長の岩崎であった。
『ありゃあ、君はまだ寝てるのかね?、俺達はもうとっくにに朝飯を済ませたよ。これから、ローズ達と
一緒に、アンティポロとやらに行ってくる。もしかしたら、今晩は帰らないかも知れんな、まあ、君は君
で適当に遊んでいれば良いよ、じゃあな・・・』

岩崎は、言いたいことだけ言うと、そのまま電話を切った。
優二が時計を見ると、既に朝の10時を回っている。
(ああ、もうこんな時間だったのか・・・)
少々二日酔い気味だが、何だかそれも心地よかった。
死者になり掛けているせいか、そういう感覚も無くなって来たのかもしれない。

ホテルの最上階のレストランで、遅い朝食をゆっくりと済ませた優二は、近くにあるというショッピング
モールに、出掛けて見ることにした。
今晩ジュリアに会いに行く時に、何か買って行ってやろうと考えたのだ。
ホテルを出た優二は、モールに向けて歩き始めた丁度その時、一人の男が近付いてきた。
数本の時計を、手にぶら下げている。

『旦那、これを買わないか?』
その男は、一本の時計を優二の目の前に取り出して見せた。
『要らないよ。』
優二がそっけなくそう言うと、その男は立ち去った。
しかし、その時である。

優二は、自分の腰回りが少し軽くなったのを感じた。
そうして、腰に手を当ててみると、ベルトの専用ホルダーに嵌めてあった、携帯電話が見当たらない。
優二は、ハッとしたが、既に後の祭りである。
買ったばかりのIPHONEを、見事にすられてしまったのだ。
(しまったチクショー・・・)

優二は後悔したが、この油断ばかりは仕方がない。
何せ、心が全てジュリアなのだ。
(トホホ・・・どうしよう?)
優二は、一旦ホテルに帰ることにしたが、ふと思いついた。
『太虎』のマスターの大橋に相談してみることにしたのだ。

優二は道を変え、『太虎』へ向かった。
店は昼営業で開いていたが、大橋はそこには居なかった。
何でも、昼の部は他の日本人に任せて彼は、夜のみの出勤らしい。
優二は、諦めて店を出ようとしたが、その時にその当の大橋が入って来た。
『よお、昨夜は南原とカラオケ行ったそうだね?』

大橋は、気さくな声でにそう言った。
『は、はい、それが・・・』
『ん?、どうかしたの?』
優二は、先程の携帯電話の盗難の話をした。
『そりゃあ災難だ、しかし、被害がそれだけで済んだのは良かったよ・・・』

優二は、大橋から詳しいこの辺りの事情を聞いた。
常時気を付けていないと、危険なことが頻繁に起こる地域らしい。
強盗に抵抗したら、命を奪われることなども、決して珍しくも無いそうだ。
(昨日、この話を聞いておけば・・・』
悔やんだ優二だが、こればかりは後悔後に立たずであった。


続く・・・

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マニラKTV悲話 その⑦ 運命の出会い [小説]

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(お、落ち着くんだ・・・)
優二は、自分で自分に言い聞かせていた。
何しろ、これだけの女性に囲まれるのは、初めての経験である。
しかも、エキゾチックな顔をした、異国人の女性であった。
優二が、戸惑うのも無理はない。

彼は、酒があまり飲めないことを、この時ほど後悔したことはない。
酒さえ飲めれば、酒の力を借りてこの場を凌げるであろう。
先ほどの焼肉屋でも、ほんのビール一本をやっと飲んだくらいである。
いや、酒量はもっといけるのかも知れない。
只、美味しいと感じないから、飲みたくないだけなのだろう。

優二は、思い切って、先程グラスに注がれた飲み物を、一気に飲み干してみた。
優二の体というより、優二の頭が、飲むこと、つまり酔うことを欲しているのだ。
意外にもすんなりと飲めた優二は、その勢いを駆り、やっとの思いで、ある女の娘を指名した。
それこそが、後々の優二の運命を左右する、ジュリアとの初の出会いだったのである。
ジュリアは、スラっとした体型で、足の細い女の娘であった。

年齢は19歳で独身。
勿論、日本へは行ったことがない。
店に入って2ヶ月目だということで、日本語も片言程度である。
優二は、英語でジュリアとの会話を始めた。
(しかし可愛いな・・・)

優二は、一発で気に入ってしまった。
会話が進むに連れ、優二の酒量が上がって行く。
(こんなに俺は飲めるのか・・・)
そう自分で思うくらい、スイスイとアルコールが体内に入っていくのが不思議なくらいだ。
優二が飲んでいるのはウイスキーの水割りだが、こんなことは優二にとって初めてのことである。

さて、話をジュリアに戻そう。
彼女は、大学を休学しているらしい。
兄や姉の他、弟や妹が一人ずつ居て、その学費を稼がなくてはならないらしい。
ジープの運転手であった父親が昨年亡くなってしまい、家族は一家の大黒柱を失った。
母親は、幼い弟や妹のためにも働きには出れない。

兄のジョジョは日雇いの溶接工、姉のカレンは同じこの店で働いていると言う。
カレンには日本人の恋人が有るが、どうやら不倫の関係らしい。
ジュリアの口ぶりから、、どうやらその姉の恋人から多少の金銭的援助は受けているようだ。
だが、それでも余程足りないのか、姉の紹介でジュリアがここで働いているという訳である。
優二はその話を聞き、単純な程に同情してしまった。

時間はどんどん過ぎていて、優二が2度目にした延長時間も過ぎようとした時、時計の針は、既に
午前2時を回ろうとしていた。
ここで、流石に限界が来たようだ。
3度目の延長をしますかと店の者に問われた時に、流石に南原に断ってホテルへ戻ることにした。
南原の分まで支払いを済ませ、優二と南原は店を出た。

太虎へ寄ろうとも考えたが、流石に酔っていて足元も覚束なくなっていたので、南原に送って貰って
貰い、真っ直ぐホテルに戻ることにした。
(明日も、かならず行くぞ・・・)
ホテルの自分の部屋に戻った優二は、そう心に思い定めていた。
いきなり酒が回って来たのか、倒れるようにベッドに倒れこんだ優二である。

日本へ戻るまで、あと三晩・・・
(ああ、ジュリア、ジュリア・・・)
日本での恋愛経験が少なかった優二は、あっという間に恋に落ちたようだ。
恐らく、今宵は幸せな夢でも見るのであろう。
優二は、ベッドの中で、そのまま深い眠りに嵌って行く・・・


続く・・・
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マニラKTV悲話 その⑥ 初KTV [小説]

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大橋の姿を探したが、何処か遠くへ行ったものか、彼の姿はそこには無かった。
(まあ、ホテルへの帰り際にでも寄れば良かろう・・・)
優二はそう思い、先導する南原に付いて、歩いて行った。
そうする内に、南原は、優二を1軒のある店に案内をした。
聞けば、ここは個室ばかりのKTVらしい。

店の前には、ママさんと数人の女の娘達が客を待っている。
南原は、その店の前で、そこについて解説をする。
『ここはねえ、マニラでもボッタクリで有名な店なんですよお・・・』
『はあっ?』
『ああ、それはでも昔の話、今は明朗会計です、多分・・・』

『ぼ、ぼ、ぼったくりの店ですか?』
優二は、驚いてまじまじと南原の顔を見た。
『そうです、止めておきますか?』
『ええ、勿論止めましょう。』
(一体、何という人なのであろう・・・)

優二は、段々と不安になってきた。
(選りに選ってこんな店に連れてくるなどとは、どういう頭の構造をしているのだろうか・・・)
『じゃあ、もっと普通の店に行きましょうかねえ・・・』
(ふ、普通の店・・・? ? ?)
『普通の店で結構ですよ、そこに行きましょう。』

優二は、やっとの思いで、南原にそう言った。
南原は頷き、何事もなかったかのように、引き止めるそこのママさんを尻目に、再び優二を先導して
歩き始めた。
『では、少し大箱に行きましょう。』
そうやって、次にやって来たのはU店である。

『ここなら、安全ですよ。』
南原は、得意気にそう言う。
優二は、開いた口が塞がらなかった。
(ならば、初めからここに連れてきて呉れれば良いのに・・・)
優二はそう思ったが、口には出さず、南原と共に、その店の中に入って行った。

その店は、優二が想像した以上の広さがあった。
VIPと呼ばれる個室も数室あり、ソファも豪華である。
しかし、あまりに広すぎて、少し落ち着かなかったが・・・
南原と隣り合わせの席に座ると、ママさんが指名はあるかと聞いてくる。
『南原さん、私マニラでこういう所来るの初めてなんですよ、一体どうすれば良いですか?』

優二がそう言うと、南原は驚いたようにこう言った。
『あれえ、そうだったんですか?、でも日本では何回も行ったことがあるんでしょう?』
『それが、たったの一回しか行ったことが有りません、だから、何も分からないのと同じなんです。』
『はいはい、だったら私に全部任せて下さいな、大丈夫です心配は有りません。』
心配するなと南原に言われたが、先程のようなことがあったので、優二は相変わらず不安である。

しかし、もう選択の余地はない。
ここまで来たら、もう彼に任せるしか無いのだ。
南原が、ママさんにショーアップの号令を掛けたので、そこいらから、大量の女の娘が優二たちの席
に押し寄せて来た。
総勢で、60人位は居るであろうか?

色とりどりの衣装に纏われた女性陣に対し、優二は、ただもうクラクラするだけである。
『この中から選ぶのですか・・・?』
彼女達に、既に圧倒されていた優二は、ついそう口走ってしまった。
『そうですよ、では私が見本を見せましょう。』
南原は、そう言って、小柄な女の子を一人指名した。


続く・・・
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マニラKTV悲話 その⑤ 濃い居酒屋 『太虎』 [小説]

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『居酒屋を、経営されているんですか?』
優二は、差し出された名刺を見ながら、そう不思議に思った。
(居酒屋を経営しているのに、何でこんな所で、しかも男二人で焼肉を食べているのだろうか・・・?)
大橋は、顔色を見て優二の疑問を覚ったのか、こう言い訳をした。
『たまには、自分の店以外で飯を食いたいもんさね、、なあ南原よ・・・』

『そうそう、そう言うもんなんすよ・・・』
南原と呼ばれた男も、愛想よく相槌を打ちながらそう言う。
『あのう~、だったら今からお店にお邪魔しても良いですか?、今食べたばかりだからお腹は空いて
無いんですが、ビールくらいならまだ飲めると思いますので・・・』
『ああ、どうぞうどうぞ、何なら今から一緒に行きましょう!』

大橋ではなく、南原が出しゃばって来てそう言った。
彼達も、丁度食べ終わった後らしく、双方の精算が終わると、3人仲良く連れ立って、『酒処 太虎』に
向かうことになった。
向かうと言っても、直ぐ近くである。
距離にして、150m位なものであろうか・・・

大橋、南原の案内で、優二はその店の中に入っていった。
カウンター席とテーブル席いくつか有り、客の入りは、ほぼ満席に近いと言って良い。
カウンターに一つだけ空きが有ったので、優二はそこに座るよう大橋に勧められた。
優二の座った席の隣では、大橋を遥かに凌ぐ大きな巨漢が、煽るようにしてビールを飲んでいる。
その男の食べ物が、これ又凄かった。

普通のラーメンの、2倍以上あるようなとんこつラーメンに、鶏の唐揚げをたっぷりと入り、ネギをこ
れでもかと言うくらい載せてある。
しかも、それに併せて、巨大な丼に超特盛り飯であった。
大橋の解説によれば、彼専用のメニューなのだそうで、これでも今日は少食の方だそうである。
(それにしても、すさまじいボリュームだ・・・)

優二は、度肝を抜かれたように、その巨漢の食べっぷりに見惚れてしまった。
その他、競馬中継に食い付くように見入る者、大声で叫ぶように話す人々など、何か異様な雰囲気
を醸し出しているような店である。
(随分、濃い人達が集まる店なんだな・・・)
優二は、感心しながらそう思った。

そうしている内に、厨房の中から凄まじい怒鳴り声が聞こえて来た。
『何度言ったら分かるんだおめえらはよお、あれ程段取りを考えて仕事をしろって言ってあるだろう、
何で、今この忙しい時間帯に洗い物をするんだよ、そんなもは、暇な時にやればいいだろう、全くも
う俺が少しでも目を離すともうこれだからな・・・』
大声の主は、店主の大橋であった。

客の方も、その大きな声に驚いて、一斉に厨房に目を向ける。
しかし、大橋はそんなことにはお構いなしだ。
従業員が黙っているものだから、余計に激高してしまう大橋であったが、彼らを叱るだけ叱りつける
と、不機嫌な顔でタバコを吸いに外へ出てしまった。
怒りすぎて、直ぐに仕事に戻るのが気不味くなったのかも知れない。

大橋が外へ出て行ったそのスキに、南原が再び優二に声を掛けてきた。
『もし良かったら、私がカラオケでもご案内しましょうか?、いい所を沢山知ってますぜ・・・』
『はあっ?』
『なあに、心配は要りませんよ、私が言えば、ディスカウントしてくれる店は沢山あります。』
『そ、そうですか・・・』

優二は、暫く躊躇していた。
が、(これも渡りに船かも知れないな・・・)とも思い直し、南原の提案を受けることにした。
まあ、一人でそういう場所に入る勇気も無かったからだが、何となく大橋に好意のようなものを持ち
始めた優二だけに、その仲間?と覚しき南原のことを、うっかりと信用してしまったのだ。
幸いに、ビールもまだ1本も飲まない内だったので、優二と南原はそのまま外へ出た。



続く・・・

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マニラKTV悲話 その④ パンパシの焼肉屋・・・ [小説]

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優二よりも、遥かに待つことに慣れていない岩崎は、ローズの顔を見ると、思わず爆発しそうになった
が、一緒に居る親兄弟たちの顔を見ると、急に何も言えなくなってしまった。
孕ました?責任を、やっと思い出したのだ。
腹立たしさをぐっと堪えながら、岩崎は満面な笑みでローズの連れに挨拶をした。
ところが、案に反してか、その人達もニコニコとしている。

岩崎は、大事な娘を孕ませたことに対し、親兄弟から、相当な非難を浴びるものと考えていた。
(これは、御しやすいぞ・・・)
岩崎は、思わずほくそ笑んだ。
『私達、おなか空いてるの・・・)
約束の時刻を違えたことへの詫びなどは一切なく、ローズがいきなりそう切り出した。

『ああ、そうかそうか、じゃあ飯でも食いながら話をしようか?』
岩崎は、一生懸命ご機嫌を取るような仕草で、そう答えた。
『飯はそうだな、ああ、福田君どこがいいだろうねえ?』
『このホテル内に、焼肉屋や和食のレストランらしきが有るようですが・・・』
優二がそう言うと、ローズが思わず声を上げた。

『私、焼肉が食びた~い!』
『おお、そうかそうか、じゃあそうしよう。』
岩崎も積極的に賛成し、一行は、『豚門』(ぶたもん)という焼肉屋で食事をすることにした。
この店は、一階と五階に有るのだが、一階は狭いので五階の方の店へみんなで向かった。
席へ着くと、ローズが親兄弟を紹介し、それを優二が通訳している。

彼女は、両親と直ぐ上の姉、それと弟と妹を連れて来ていた。
総勢6人だが、何とたった一台のタクシーで来たらしい。
ローズが、姉を紹介する段になったが、その姉は、流暢な日本語で自己紹介を始めた。
『こんばんわ、初めまして私はラニーです、今日は遅刻して御免なさい、ローズの支度が遅いものだ
から・・・、日本人は、約束の時間守らないと駄目でしょう?』

『おお、あなたは日本語がお上手ですねえ・・・』
『はい、私は日本に4回行ったことがありますから・・・』
岩崎は、これ幸いとばかりに、この姉とばかりで話を進めた。
(何の事はない、この姉を籠絡すれば良いのだ。)
そう思った岩崎は、優二のことなどすっかりもう忘れてしまい、姉のラニーを通じて話をしている。

食事も終わり掛ける頃に、岩崎は優二にこう言った。
『ああ、福田君、このお金でここの精算していて呉れ給え、勿論、領収書は貰って置くようにね、それ
と、今日は、この人達にもこのホテルに泊まって頂くことにしたから君はもういいよ、部屋にでも帰っ
てゆっくりとし給え、じゃあ・・・』
岩崎は、先程ホテルで両替したペソを優二に渡すと、ローズの家族を連れて先に出てしまった。

通訳代わりのラニーが居るのものだから、優二などは、もうお役御免なのであろう。
もしかすると、連れてきたことさえも後悔してきたのかも知れない。
『ちっ、部長もいい気なもんだな・・・』
精算をするのに、舌打ちしながら優二が席で待っていると、隣の席に座って居た二人連れの客の中の
一人の男が、彼に声を掛けてきた。

『何だか、色々とお取り込みのような御様子でしたねえ・・・』
何とも馴れ馴れしい口調と笑顔で、その男は、優二の方に近付いてくる。
顔を見ると日本人のようだが、笑顔の中に歯が沢山抜けているのが見えて、何だか気味が悪い。
優二が、思わず腰を引こうとした瞬間、その男の連れが大きな声を出した。
『おい、南原やめろ!、その人に迷惑だぜ・・・』

太った、黒い眼鏡を掛けたその男は、優二に近付いて来た男に向かってこう言った。
『すみません、別にこいつは怪しい者じゃあ無いんですが・・・』
その眼鏡の男は、如何にも申し訳無さそうにそう言う。
ちなみに、私はこういう者です。』
そう言いながらその男は、優二に自分の名刺を渡した。

そこには、『酒処 太虎(ふととら) 大橋店主』、と書いてある。
(太った虎・・・?)
優二は、その男の体型を、思わず見入ってしまった。
『直ぐそこで、居酒屋をやっているんでさあ、もし良かったら後ででも寄って下さい、どうせカラオケにで
も行くんでしょう?、その帰りにでもお腹が空いたらラーメンでも有りますぜ・・・』


続く・・・
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マニラKTV悲話 その③ 初渡比・・・ [小説]

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ひょんなことからフィリピンに行く羽目になった優二だが、少し嬉しくないわけでは無かった。
以前の事だが、課長の柴田がまだ独身の頃、彼の采配で、悪同僚共に無理やり誘われて、フィリピン
パブに行った事が、一度だけある。
その時に接客してくれた異国の女性に対し、少し憧憬のような気持ちを抱いたものだ。
何かに目覚めたという程ではなく、まだ知り得ぬ世界を、少し覗き見たに過ぎなかったが・・・

彼は、所謂(いわゆる)独身主義者では無かった。
結婚願望というものは、むしろ人一倍強かったかもしれない。
しかし、好きになった女性に、積極的に話し掛けることが、どうしても出来なかっただけである。
要するに、奥手なのだ。
フィリピーナに少し興味を抱きながらも、一度切りで、2度と行くことは無かったからである。

課長の柴田は結婚してしまったし、それ以降、誰も彼をPパブに誘ってくれる者は居なかった。
だから、何故か余計に、今回の初渡比が、運命的なものに感じられてならなかったのである。
今回の旅行は、全て部長の岩崎が仕切った。
4泊5日の日程だが、間に土日を挟むので、有給休暇を3日程取るものばかりだと思っていた優二は、
何故か国内出張扱いになったのには少々驚いた。

一体、どんな魔法を使ったのであろう?
部長の岩崎は、こんなことは手馴れているのか平気な顔である。
国内出張であれば、色々な領収書とかも必要になると思えるのだが、そこは経理部長、何くわぬ顔で
用意できるのかも知れない。
岩崎は52歳、脂の乗り切った年齢である。

頭は少々バーコードだが、精力の方は中々に絶倫そうだ。
女性には気が弱いとは言うが、部内での統率力という点では、相当な権力を持っていた。
だが、課長の柴田が専務の娘と結婚したということで、将来の出世を見込んでいるのか、彼に対する
おべっかは、決して忘れなかった。
今迄は、優二など見向きもされなかったのだ。

だけど、今回だけは違う・・・
空港に着くまでの道中や、着いてからの細々な心遣いというものは、相当なものであった。
まあ、到れり尽くせリといった所である。
飛行機は、何とビジネスクラスであった。
(この飛行機代も、多分会社の金をごまかして、捻出しているんだろうな・・・)

優二には、そう思えてならない。
兎にも角にも、今回が初渡比である二人がマニラの空港に着いたのは、午後2時のことであった。
優二達は、予めネットで予約していたホテルの迎車に乗り込むと、マニラ市内のホテルへと向かった
のである。
パンパシフィックホテル、岩崎が予約したホテルだ。

今日の夕方、ローズという娘が、ここのホテルを訪れる予定になっているらしい。
彼女は、アンティポロというところに住んでいるそうだ。
親兄弟を連れてくると言うことで、岩崎はもう戦々恐々である。
最初は、空港まで家族総出で迎えに来るというのを、岩崎は丁重に断った。
それは、何故であろう?

岩崎は、娘を孕ませたということで、どんな扱いを受けるのかが怖くなり、出来るだけ安全な場所での
面会を望んだのである。
その点、ホテルのロビーなら安全であろう。
そういう所は、計算高い男ではあった。
ローズも、日本語は殆どベーシック程度である。

恐らく、家族との話し合いになるということで、優二の通訳が必要だと岩崎は考えているようだ。
彼女たちとの約束は、午後5時ということである。
まだ後1時間以上有るにも関わらず、岩崎は緊張でもしているのか、ロビーに有るコーヒーショップで、
イライラと貧乏揺すりを続けていた。
そこでタバコを吸えない彼は、度々外へ出てはタバコを吸っている。

優二も、仕方なくその席に付き合わねばならなかったが、これは結構辛かった。
約束の時間は、あっという間に過ぎたが、彼女達は、中々姿を現さなかった。
待つことに慣れない民族に、生まれてしまった業(ごう)というものであろう。
しびれにしびれながら、二人は待ち続けた。
そうして陽もとっくに暮れた午後7時、やっと彼女たちがホテルへとやって来たのである。


続く・・・


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マニラKTV悲話 その② 部長の秘密・・・ [小説]

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(? ? ? ? ?・ ・ ・ ・ )
優二は、思わず面食らった。
(何故に、俺がフィリピン? ? ?)
部長の岩崎に問い質そうにも、直ぐには言葉が出なかった位だ。
岩崎は、笑顔の中にも、少し切羽詰まったような顔で優二を見詰めている。

『まあ、突然の話ですまんなあ・・・』
『い、いやあ本当に驚きました。 しかし、私と一緒にフィリピンに行こうとは、一体どういうことなんで
しょうか?』
『そ、そこなんだよ、福田君・・・』
岩崎は、急に優二に媚びるような目でそう言った。

『ま、まさか、て、転任では・・・?』
優二達の会社は、食料品会社だけあって、海外で食材を調達する場合が多い。
それらは、社内の調達部の仕事である。
彼らには、定期的に海外出張が必然的に課されているのだ。
現に英語が出来た優二は、入社時に調達部への配属を打診されていた。

しかし、社交的ではない自分の性格や、大学での経理を専攻した関係から、経理部への配属を望ん
だのである。
『いやいや、転任とかじゃあないよ。 第一経理部のエースである君と、部長であるこの私が、一緒に
転任などとは、ありえない話だろう。』
優二は、それを聞いて少しほっとした。

『すると、プライベートか何かで・・・?』
岩崎は、優二のその言葉を聞くと、如何にもといったような表情で頷いてみせた。
『そうなんだよ福田君、まるっきりその通りなんだよ。』
そう言った岩崎は、上機嫌である。
『それで、私と部長がフィリピンに行く理由とは何ですか?』

『それがだなあ・・・』
岩崎は話を切り出したが、何故か急にもじもじして、中々話が前に進まなかった。
ここは、著者が代わって話そう。
岩崎には、数ヶ月前に、都内のフィリピンパブで知り合った女性が居た。
タレントで来ていたフィリピーナだが、何度か性交渉を持ったらしい。

その彼女がフィリピンに帰った時、妊娠が発覚したとの連絡があった。
寝耳に水とは、このことである。
『あなたの子供です。』
ローズと言う名のその娘は、その時にはっきりとそう告げた。
狼狽(うろた)えた岩崎は、思わずこう口走ってしまった。

『そ、それは本当に俺の子か?』
その疑問に、当然怒ったのはローズである。
『私の事信じないならもういい、私はもう死ぬよ、この子も一緒・・・』
驚いた岩崎は、必死になって宥めた。
遊びはするものの、至極気の弱い所の有る人物である。

何とか自殺は思い留めさせたが、フィリピンに来ることを約束させられてしまった。
だからと言って、未だに一度も行ったことのない国である。
行きがかり上、ローズと関係が出来ただけで、フィリピンに対する知識など皆無に等しかった。
(せめて、同行者でも居てくれれば・・・)
そう思った岩崎は、優二に白羽の矢を立てたと言う訳である。

『お願いだ、私と同行して欲しい・・・』
『ぶ、部長、い、いきなりそう言われても・・・』
困惑した優二であったが、上司の頼みではあるし、無下には断りきれなかった。
事情も打ち明けられた以上、このまま放って置くわけにもいかない。
秋も深まる10月の下旬、二人はフィリピンを訪れることにしたのである。


続く・・・

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マニラKTV悲話 その① プロローグ~ [小説]

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福田優二は、頭に馬鹿が付く程のクソ真面目な独身男であった。
タバコは吸わないし、酒は付き合い程度で、家で晩酌などはやったことがない。
会社のでの仕事ぶりも真面目一方だが、まあ、どちらかと言えば、良くも悪くもない程度である。
パチンコなどギャンブルも一切やらないせいか、貯金は1000万円程度は有った。
35歳で主任だが、出世の遅い割には貯蓄は多い方だ。

中堅の、食料品会社の経理の仕事を任されて、早12年になる。
部下は6人、上司が2人程居た。
課長の柴田は、優二とは同期である。
が、先に出世したのは柴田であった。
既に結婚していて、子供も2人ほど居る。

結婚前は、派手に遊んでいたらしい。
だが、会社の専務の娘とお見合い結婚をして以来、遊びはぷっつりと止めたように見える。
その点、部長の岩崎は、相当に砕けた人物だ。
経理部長でありながら、お金の使い方が荒く、社内では何かと噂が絶えない・・・
その岩崎が、優二を晩飯に誘った。

岩崎が優二を誘うなど、これ迄に一度も無かったと言って良い。
勿論、歓送迎会などで、一緒に飲むことは有ったのだが、個人的に誘われたのはこれが初めてだ。
優二は驚いたが、他に断る理由も見付からなかったので、その誘いを受けることにしたのである。
定刻に退社した彼は、待ち合わせ場所である料亭に向かった。
居酒屋ではなく、料亭である。

(何か変だな・・・)
高級店として知られているその料亭の前に佇みながら、優二はそう思った。
『福田君・・・』
そう声を掛けられて、優二が後ろを振り向くと、そこには岩崎が立っていた。
『何をぼんやりしているんだね?、さあ、とっとと中に入ろうじゃないか。』

岩崎は、溶けんばかりの笑顔で、優二を促した。
『はあ。』
優二もそう相槌を打つと、岩崎とともに案内されて、料亭内の個室へと入って行った。
二人が腰を落ち着かせると、優二は率直に岩崎に尋ねた。
『部長宜しいのですか?、こんな高級料亭僕は初めてですが・・・』

『いやあいいんだよ福田君、たまにはこんな所もいいだろう、まあ遠慮せずにビールをやってくれ。』
岩崎は、上機嫌で優二のグラスに、自らビールを注いだ。
たまにはと言うが、初めて誘われた優二である。
最も、専務の娘と結婚した柴田とは、度々会食をしているようだが・・・
優二は、いつにもなく緊張しながら、岩崎の注いで呉れたビールを一気に飲み干した。

少し位酔わないと、まともに話が出来そうになかったからである。
杯を返しながら、優二は岩崎の顔色を窺った。
(これは、絶対に何かあるな・・・)
そう思ったが、岩崎は相変わらずのニコニコ顔である。
小一時間程、当たり障りのない話が続いた。

が、優二がトイレに中座して戻ってきた時、岩崎がいきなりこう切り出した。
『君に、お願いが有るんだけどな・・・』
『はっ、はあ・・・』
『たしか、君は英語が堪能だったな?』
『はい、ひと通りは勉強しましたので・・・』

『君は、海外に行ったことはあるか?』
『グアムなら、5年前に一度行ったことが有りますが、その他の国は何処へも・・・』
『ああ、そうか、それなら宜しい。』
『どうされたんですか部長、何故そんなことをお聞きになるのですか?』
『お、お願いだ、俺と一緒にフィリピンに行って呉れないか?』


続く・・・
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