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フィリピン移住を考える・・・その22 『私の回顧録7』 [移住]

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さて、後悔はしたものの、既に手遅れかもしれません。

あれだけ、Kを怒らせてしまいましたから・・・

この時の私には、3つの選択肢がありました。


1.日本に帰る。

2.何としてもここに残る。

3.別居中の妻の実家に行き助けを求める。


大見得を切って移住を決意した私には、1と3は考えたくも無い選択肢でした。

しかし、この2は私にとって、超難関であるのは間違い有りません。

何処で何をしてどう暮らすなどという、知識や知恵が全く無かったのですから・・・


当時の私は、今もそうですが、かなりの楽天家でした。

一度決めたら、節を曲げないというのが親父の教えです。

(ヤケクソで生きてやる)


その決意を決めた次の日、トニーが私を訪ねてきました。

『◯◯さん昨日はごめんね、Kさん気が短いだからね。』

トニーは、如何にも申し訳なさそうな顔で、私にそう言いました。


『いや、こっちこそごめんよ、悪いのはボーイなのに、昨日はあんな大声出して・・・』

『ボーイは、アコが必ず見つけるよ、だから安心して。』

『そうか有難う、早く捕まればいいけどな・・・』


『大丈夫アコに任せる、であなたはこれからどうする?』

『取り敢えず、ホテルはチェックアウトしないとね、ここだと高いから・・・』

『OK、わかった、じゃあここを出て私の知り合いの家に行こう、あそこなら安く泊まれるよ。』


トニーが帰ってきてくれたのは、渡りに船でした。

Kとは修復が不可能であれ、彼だけでもいてくれるのは、百人力のような気がしたからです。

トニーは、カビテに自分の友人が空き家を持っているので、そこに住めば良いと言ってくれました。


1泊500ペソだと言うので、前金で5万円先ず渡しました。

当時のレートで、1万円が2200ペソでしたから、22日分の宿泊費という事にになります。

(この間に何処かで仕事を探そう)、と言うのが、超甘い考えの私だったわけですわ。


移住を前にして、前回の渡比時に、結婚永住ビサの申請をトニーにお願いしていました。

今から考えると、大幅に取得時間を短縮出来るからと聞いて、その時も法外な料金を支払ったのです

が、今回の受け取り時に又々お金が掛かるとトニーが言います。


カビテに住み始めて、5日目のことでした。

『あなたフィリピンに住む、ビサはいるでしょう、ビサがあれば仕事もできるね、だからあと5万円・・・』

前回申し込んだ時には、30万円で全部が終わると聞いていました。


それなのに、あと5万円・・・

思い切り腑に落ちませんでしたが、トニーに文句を言って彼を怒らせたらまずいと思い、ここは追加を

仕方なく支払うことにしました。


仕事ができなければ、元も子もないと思ったからです。

しかし、この時点で持ち金は40万円を切りました。

生活を、相当切り詰めないといけません。


5万円分の宿泊費など、あっという間です。

瞬く間に、22日が過ぎようとしていました。

この間に、トニーは時々様子を見に来ましたが、たまに泊まって帰ったこともあります。


私は、持ち金の内、20万円は円のままで両替せず、その家の中のある場所に隠していました。

ちょっと探しただけでは、簡単に見つかるところではありません。

少なくとも、そのように細工した積もりだったのです。


あと僅かで、追加の宿泊費を払わないといけなくなる数日前、私はその現金を取り出そうとしました。

が、あるべき所にそれがありません・・・

隠した所を間違えたかなと思いましたが、幾ら探しても見つからないではありませんか・・・


(トニーだ・・・)

私は、直感しました。

もう、疑う余地はないでしょう。


この家の鍵は、頑丈にできています。

買い物以外はめったに出掛けませんし、その時も必ずロックして出掛けていました。

この鍵が、壊された形跡もありません。


となれば、犯行が可能な人間は彼一人です。

(もう、これ以上彼に関わるのは危険だ・・・)

どうせ、追求しても言い逃れをしてくるに違いありません。


それよりも、ここからの脱出を考えました。

残りの金も、僅か数万ペソのみです。

私は、慌てて新しい住処を探しに外へ出ていきました・・・


続く・・・


ここは、慌てないで押しましょうね!(爆)
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