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フィリピン移住を考える・・・その24 『私の回顧録(あとがき1)』 [移住]

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さて、それからの私は困窮しました。

賢明な皆様には、もう想像がつくでしょう。

そうは簡単に、問屋は卸しませんよねえ・・・


現実は、決して甘くはありませんでした。

職探しなど、一朝一夕に出来るものではありません。

なすすべもなく、悲嘆にくれる毎日が続きます。


なのに、手持ちのお金はどんどん無くなっていきました。

もう、どん底の生活を余儀なくされた格好です。

延命の為に、1週間の予算が米を除いて20~50ペソ(現在の価値で2~3倍)です。


手持ちのお金が3千ペソを切った時点で、そういう生活を自分で強制しました。

(もう、そろそろ限界だな・・・)

そうする内に、私は次第に死を覚悟していくようになりました。


迷惑を掛けまいと、多少の残金がある内に今の住居を引き払おうと思い、大家さんにそう告げます。

大家さんが何処に行くのかと聞くので、仕方なく日本に帰ると嘘をつきました。

そしたら、私が持っていたソニー製のビデオカメラを、売ってくれないかと大家さんが言います。


そのビデオカメラは、私が日本から持ってきた、唯一の高額な持ち物でした。

正直、この申し出には感謝しましたね。

これで、少しは体裁を保ったまま死ねると考えたのです。


20万円近くしたビデオカメラでしたが、大家さんには1万ペソで買って貰いました。

当時のお金で、大体4万円くらいですね。

こういう商品はここでは高いらしく、安く買えたと大家さんは大喜びしてくれます。


もっと高くても買って貰えたのでしょうが、死ぬ覚悟が鈍ると思い、それは言い出しませんでした。

私には、この頃にはもう、死神が取り憑いていたのでしょう。

下手をすれば、1日中死ぬことばかりを考えていたような気がします。


さて、こうなると後は死に場所選びです。

私は、どうせ死ぬのなら、海の見える場所で死にたいと思っていました。

頼りだった、たった1冊のガイドブックには、プエルトガレラが風光明媚だと書いてあります。


アパートにさよならを告げ、私は一路プエルトガレラを目指しました。

パサイからバスに乗り、バタンガス港迄行き、そこからバンカーに乗り込みます。

目的地は、サバンビーチという場所を選びました。


その頃のプエルトガレラは、まだ鄙びたものでしたわ。

今のように、観光客が沢山居ない時代のことです。

但し、サバンビーチは別でしたね。


白人を中心に、歓楽街はそこそこ賑わっていました。

賑わいも、死出の旅には餞(はなむけ)になろうと、そこに宿を取ることにしたのです。

宿は、当時1泊350ペソでしたが、それでも私には高く感じました。


しかし、そんなことはもうどうでも良いのです。

私は、自らの命を絶ちに来たのですから・・・

但し、無一文で死ぬのは嫌でした。


金が無いから死んだと思われるのだけは、我慢が出来なかったのです。

ポケットには、宿代を払っても、まだ数千ペソが残っていました。

私は、最後の晩餐を食べるべく宿を出ます。


(間もなく、私は死ぬのだ・・・)

味気のない食事を摂りながら、最後の覚悟を私は決めました。

一旦宿へ帰り、夜が更けるのを待ちます。


時計の針は、既に夜中の1時を回っていました。

私は、それまでの間、安酒を煽り続けていましたね。

やはり、しらふで死ぬのは怖かったのでしょう。


酒の力を借りて、自分を死に追いやろうとしていたのです。

この時間だと、歓楽街にもあまり人が居ません。

そこを通りぬけ、市場のある道に出ました。


そこを、山の方に上がっていった所に、林が有るのを昼間に確認済みです。

私は、カビテの金物屋で買ったロープを手に持っていました。

それを、比較的太い幹の木の枝にくくりつけないといけません。


私は、隣の細い木によじ登ります。

そして、太い枝にロープを掛けました。

私は、さぞ恐ろしい顔をしながら、その作業をしていたのでしょうね。


今でも、その光景を夢に見ることがあります。

私は、ロープを掴むと、それを自分の首に回しました。

後は、飛び降りるだけで、何もかもが終わります。


(今死なないと、もっと惨めな死に方をしなくてはならないのだ・・・)

私が、最後の決心を持って、いざ飛び降りようとしたその時です。

数人の男女が、私の方に駆け寄って来ました。


現地の住民でしょうが、私に向かって降りろ降りろと云います。

私が何をしようとしたか、分かったのでしょう。

その中の一人が、木に登って来ようとしました。


こうなると、もう死ぬことは出来ません。

私は、慌てて木から降りると、そこに居た人々を突き飛ばすようににして、宿へ走り帰りました。

彼らは、私が逃げ出すとは思っていなかったのか、追いかけては来ませんでした。



人間、一度死に損ねると、2度と死ねなくなるというのは本当ですね。

私にしがみついていた死神は、離れていったようです。

私は、ある目的を持って、マニラに戻ることにしました。


お詫び: あとがきは、端折って終わる予定でしたが、ついつい筆が進んでしまいました。(汗) 
  
明日も、やけくそで続けさせて頂きます。

決して、引き伸ばし作戦ではありませんぞ!(涙)


この話は、記事にしたくなかったのよねえ・・・だからやけくそで押してちょ!(爆)
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コメント 30

提督

おはようございます…
そうでしたか…
明日、ちゃんとコメントします。
おやすみなさい(( _ _ ))..zzzZZ
by 提督 (2012-06-21 07:24) 

moimoi

提督はん

起きて仕事しなはれやあああああああああああああ!(爆)
by moimoi (2012-06-21 07:37) 

旅の老人

既に思い出話なんでしょうから記憶に多少の差異があっても切羽詰った切実感は凄く伝わります。
後から考えれば滑稽だと思えることもその時は必死だったのでしょうね。
因みにその当時の体形と今の体形は多少違うのでは?
今でも木に登れますか?(ぷ

一時でも首を吊ってしまうと後遺症が残ると聞いてます。
ご無事で何より・・・(微笑

若いという字は苦しい字に似てるわ
涙が出るのは若いというしるしね   
      アン真理子 『悲しみは駆け足でやってくる 』より
by 旅の老人 (2012-06-21 07:53) 

moimoi

旅のご老人さん

一番印象強く残っていることがあります。

ここには書いてありませんが、実は金物屋でロープを買った時でした。

このロープが自分を殺す凶器になるのだと思うと、確かに身が震えましたね。

>今でも木に登れますか?

これだけは、絶対に無理でしょうな。(苦笑)
by moimoi (2012-06-21 08:00) 

sakura

やっぱり・・・。
by sakura (2012-06-21 08:24) 

moimoi

桜さん

でした!(爆)
by moimoi (2012-06-21 08:35) 

萬久

こういう歴史があって今の師匠があるんですね。
でもまさかそこまで追い詰められるとは
そうなる前に誰かが助けてくれて何とかなっていたと思い込んでいました。
たった一人の異国はさぞ辛かったでしょうね。
惨めな行き倒れになるより自ら命を絶つ・・・
日本人としての矜持でしょうか?

ある目的が気になります。
by 萬久 (2012-06-21 09:07) 

moimoi

萬休さん

潔いと言ったら格好が良いのでしょうが、本当はそんなものではありません。

やはり、死を選ぶと言うことは、積極的な逃げでしかないですね。

兎に角、現在は生きていることに感謝しています。
by moimoi (2012-06-21 09:22) 

名無しの龍

プエルトガレラ サバンビーチのこだわりはここから始まっているのですね。
by 名無しの龍 (2012-06-21 09:43) 

moimoi

名無しの龍ちゃん

ははは、これが最初の訪問ですた。

が、次回からは、目的が夜遊びに変わりましたが・・・(爆)
by moimoi (2012-06-21 10:01) 

hide.pp@暴走

やっぱ おいらが言ったタイトルどおりの展開になったじゃん

『 moi じいは逝かない 』
by hide.pp@暴走 (2012-06-21 10:01) 

moimoi

暴走はん

>『 moi じいは逝かない 』

しまった、やっぱりこの記事だけは書くんじゃ無かった!(爆)

by moimoi (2012-06-21 10:08) 

洗濯屋

>> 明日も、やけくそで続けさせて頂きます。

>> 決して、引き伸ばし作戦ではありませんぞ!(涙)

やけくそ、火事場の馬鹿力・・大歓迎♪♪


by 洗濯屋 (2012-06-21 10:42) 

shiNji

ひぇ~~
この前のサバン行きは死地への旅を辿っていたわけですか。(涙

しかし、アタシの場合は天国を目指してサバンに降り立ちます。(笑
by shiNji (2012-06-21 10:58) 

フィリピン在中8年

「日本人が日本人を騙す」
実力も才能もない普通の人が、自分以外のフィールドに出ても勝てないので、同胞を騙して生きて行く。そんなヤカラが世界中に居ます。
別に日本人に限った事で無く、欧米人も、韓国人も中国人でさえ、同じような話を良く聞きます。残念ですけど、それが現実なんですよね。
自分の場合は、それを知っていたので凄く厳しい目で同胞を見てきました。
むしろ現地人以上に厳しい目で対応(単純に交わらない)してきたかもしれません。フィリピンが再注目されている今、進出してくる同胞がもっと増えてくると思いますので、moimoiさんのブログはとってもよい教材になると思います。
日本人会も、日本大使館もそう言った情報を積極的に開示し、ヤカラ連中が仕事をしにくく環境をもっと作るべきだと強く思います。
moimoiさんは、騙した3人に恨みが無いと仰ってますが、他の人が同じ被害に遭わないよう、伏字では無くフルネームで公表すべきだと思います。
その3人が今もどこかで同じ様な詐欺を働き、のほほんと生きている事を想像すると、他人事でも腹が立ちます!
by フィリピン在中8年 (2012-06-21 11:25) 

素朴な疑問

こんにちわ、
何故、k氏とトニーがボーイを捕まえてくれたのに
盗られたお金を帰して貰わなかったのでしょうか?

バスに乗っているときに3人が車に乗っていたのを見失ったら

k氏かトニーに電話連絡して返してもらえば一件落着なのに
by 素朴な疑問 (2012-06-21 11:30) 

たまちん

生きていてよかったですね。
人生苦しいことが多いですけども、そこを乗り超えて生きてる人の話を聞くのが私は好きです。

似たような経験は私もしました。
ただ、公開できる度胸が私にはまだありません

>k氏かトニーに電話連絡して返してもらえば一件落着なのに

ホントにこんな簡単に解決できれば楽ですよね(笑)
電話一本でお金が返ってくるのに(爆爆)
by たまちん (2012-06-21 11:51) 

Ryuchan

自殺という言葉で思い出したんですが

同級生の長距離トラック運転手をしていたのが、死亡事故を起こして2年間免許が取れなかった時に
職安の屋上から飛び降りようと思って走り出したけど飛び降りられなかったそうです。
今はまた免許を取り直してなんとか生きているみたいですが。
この人の弟は人知れず市営住宅で亡くなっていたそうです。

私も時々自殺したら楽だろうなと思うことがありますが
死ぬ気になったら、何とかなるかなと思って毎日なんとか生きていますよ。 ポリポリ!

同様な状況でフィリピンで自殺した日本人は結構居るんじゃあないですかね? いまさら日本には帰れないみたいな。
まあ、脳天気なフィリピン人もフィイナンシャル・プロブレマで結構自殺したのが居るみたいですよ。
by Ryuchan (2012-06-21 12:05) 

Leo

凄過ぎる・・・
by Leo (2012-06-21 13:35) 

moimoi

洗濯屋さん

>やけくそ、火事場の馬鹿力・・大歓迎♪♪

ううぅ・・・(激辛涙)
by moimoi (2012-06-21 14:36) 

moimoi

神示さん

>アタシの場合は天国を目指してサバンに降り立ちます。

笑点、いや昇天ですな!(爆)
by moimoi (2012-06-21 14:39) 

moimoi

フィリピン在中8年さん

名前を公表しなくても、少なくとも2人には天罰が下ったようです。

詳しくは、明日のあとがき2をご覧下さいね。(笑)

私はこの事件以後、この国の中に限って、約5年間ほど、会社の同僚以外

の日本人とは口が利けませんでした。

まあ、自らとはいえ、命を落としかけたのですから、少々トラウマがあったの

でしょうね。

辛い事実も、時がそれを忘れさせてくれます。

これからも、自分は前を向いたまま、この国とこの国の人々と向き合いな

がら生きてゆくことでしょう。
by moimoi (2012-06-21 14:52) 

moimoi

素朴な疑問さん

Kとトニーがボーイを捕まえて呉れたのなら良かったのですが、残念ながら

これはグループセットアップでした。

要するに、彼らは仲間だったのです。

私は、それに気付いたので、トニーからも離れたのでした。
by moimoi (2012-06-21 15:01) 

moimoi

玉珍さん(笑)

>公開できる度胸が私にはまだありません

私も、公開する勇気を持つのに、16年も掛かったのです。

しかも、昨日までは全然その気がありませんでした。

なので、本文は昨日までとして、今日はあとがきでKTBのその後を書こうと

思っていたのです。

ところが、いざ書き始めると、筆が止まりません。

というか、キーボードを叩く指が止まらないのですわ。(笑)

ついつい書いちゃった、というのが真相です。

でもまあ、何となくすっきりしましたわ!
by moimoi (2012-06-21 15:08) 

moimoi

Ryuchanさん

死というものに、初めて向きあったのがこの時です。

その時は、相当陰気な顔をしていたのでしょうね。

というか、死神のオーラがその辺に漂っていたことでしょう。

でも、一度死んだ気になると、神経が図太くなるものです。

人間なんて、そんなものなのでしょうね!
by moimoi (2012-06-21 15:14) 

moimoi

ジャングル大帝さん

>凄過ぎる・・・

世の中には、もっと悲惨なめに遭った人はたくさん居ることでしょうね。

私の経験など、大したことではありませんよ。(笑)
by moimoi (2012-06-21 15:16) 

Ryuchan

師匠、さっき、もう一つコメントが来てませんでした?
いやがらせコメだったのかな??
by Ryuchan (2012-06-21 22:58) 

観音菩薩でいいですか?(爆

凄いです。

そんな、日記の題名が気になったのですが・・・

「あとがき1」となっているんですが、

あとがきは、まだ「つづく」って事と勝手に了解してます^^

『私の回顧録』は、素晴らしいです!



by 観音菩薩でいいですか?(爆 (2012-06-22 00:07) 

moimoi

Ryuchanさん

Hサイト誘導コメでした。(笑)

こういうのだけは、速攻で消すことにしています。

そう言えば、批判コメらしきが、6年前に一回だけ来たことがありますたが、

それ以来は見たことがないですねえ・・・
by moimoi (2012-06-22 04:51) 

moimoi

観音様

イレギュラーですな。(笑)

ついつい、書いてしまったのですよ。

さ~て、これから続きを書かないと・・・(爆)
by moimoi (2012-06-22 04:53) 

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